岡山地方裁判所 昭和57年(ワ)756号 判決 1987年8月28日
岡山市出石町二丁目五番一八号
原告
藤井喜久子
同所同番号
原告
藤井康代
右両名訴訟代理人弁護士
岸本静雄
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
遠藤要
右被告指定代理人
宮越健次
山本武男
藤川哲
山口光男
佐下勝義
杉本孝二
高地義勝
村中豊
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告藤井喜久子に対し八二三万二二〇〇円、原告藤井康代に対し五七三万一三〇〇円及び、それぞれ、これらに対する昭和五四年一二月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払う。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
なお、仮執行の宣言を付することは相当でないが、仮に仮執行宣言を付する場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。
第二当事者の求めた裁判
一 請求原因
1 原告藤井喜久子(以下「原告喜久子」という。)は、訴外亡藤井康弘(昭和五二年四月一四日死亡、以下「亡康弘」という。)の妻であり、原告藤井康代(以下「原告康代」という。)は、亡康弘の子である。
2 原告らは、亡康弘の相続人として、昭和五二年一〇月一四日、岡山東税務署に、左記のとおり、相続税の申告、納付をした。
原告喜久子 税額 一七三〇万八三〇〇円
同康代 税額 四九〇万八三〇〇円
3 ところが、岡山東税務署長は、広島国税局の職員の調査に基づき、昭和五四年七月六日、左記のとおり、原告らに対し、相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正決定処分」という。)をなした。
原告喜久子 相続税 二四五七万八五〇〇円
加算税 三六万三五〇〇円
原告康代 相続税 一〇五二万一三〇〇円
加算税 二八万〇六〇〇円
4 そこで、原告らは、本件更正決定処分を不服とし、昭和五四年九月三日、広島国税局長に対し異議申立てをなし、とりあえず、同月二五日、岡山東税務署に、既納税額を差し引いて左記のとおり追納した。
原告喜久子 相続税 七二七万〇二〇〇円
加算税 三六万三五〇〇円
延滞税 六七万六一〇〇円
原告康代 相続税 五六一万三〇〇〇円
加算税 二八万〇六〇〇円
延滞税 五二万二〇〇〇円
5 広島国税局長は、前記異議申立てについて審理した結果、昭和五四年一一月三〇日、原告喜久子の異議申立てを棄却し、原告康代について本件更正決定処分を一部取り消したが、その結果同原告の本件更正決定処分に係る相続税額は一〇三九万八七〇〇円、加算税額は二七万四五〇〇円に減額された。
原告らは、これを不服とし、同年一二月二一日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。
6 その後、岡山東税務署長は、広島国税局の職員の調査に基づき、昭和五五年一月一八日、左記のとおり、原告喜久子に対し、相続税の再更正処分及び過少申告加算税の賦課処分(以下「本件再更正決定処分」という。)をなした。
7 ところが、国税不服審判所長は、前記5の審査請求に右6の本件再更正決定処分をあわせて審理した結果、昭和五六年八月八日付で原告らに対する裁決をなし、原告康代に対する本件更正決定処分、同喜久子に対する本件再更正決定処分を、いずれも一部取り消し、右裁決はいずれも同年同月二〇日原告らにそれぞれ送達されたので、原告らに対する右各処分はいずれも減額されて次のとおりとなった。
原告喜久子 相続税 二四五〇万四六〇〇円
加算税 三五万九八〇〇円
原告康代 相続税 九八六万九六〇〇円
加算税 二四万八〇〇〇円
8 前記経過により相続税等が減額される都度、岡山東税務署長は過納部分を還付したが、前記裁決による一部取り消しにより減額された原告喜久子に対する本件再更正決定処分、原告康代に対する本件更正決定処分は、なお、次のとおり被相続人亡康弘の遺産でないものを遺産と認定して課税の対象としているので無効である。
(一) 亡康弘の相続人である原告康代、訴外藤井敏代、同藤井教志、同藤井道弘、同藤井淑男(以下「相続人ら」という。)名義の訴外セイレイ工業株式会社の株式合計二五万七四七八株は、昭和二九年一二月から同四六年九月までの間、大部分は亡康弘から右各名義人に生前贈与されたものであり、その他のものは原告らが他人から譲渡を受けたり、新株引受をして取得したものであって、いずれも原告喜久子が保管中であったものであり、また、藤井花子名義の同社の株式一万〇五三三株は、原告喜久子の固有財産であったものを、仮名「花子」としていたに過ぎないのに、これらの株式を被相続人の遺産に加えて課税処分をしている。
(二) 相続人ら名義の訴外藤井商事株式会社に対する貸付債権合計六九九九万四五一八円は、前記の相続人ら名義の株式を売却して得た資金が充てられたもので、これを亡康弘の遺産と認めて課税することはできないものである。
9 したがって、岡山東税務署長のなした原告康代に対する本件更正決定処分、同喜久子に対する本件再更正決定処分は、国税不服審判所長の裁決によって一部取り消されたが、なお、同裁決に示された税額から当初申告納付した税額を控除した額は、無効の処分により岡山東税務署長によって不当に徴収されたものというべきである。すなわち、被告は、法律上の原因なくして、原告らの財産に因り利益を受け、これがため、原告らに損失を及ぼした者であるので、その利益の存する限度で、その利益を原告らに対してそれぞれ返還すべきであるが、その額は、別紙計算表のとおりである。
10 よって、被告に対し、原告喜久子は不当利益金八二三万二二〇〇円、同康代は不当利益金五七三万一三〇〇円及び、それぞれ、これらに対する各納税の日の後である昭和五四年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし7の事実は認め、同8、9は争う。
三 被告の主張
1 本件各処分等の経緯は、別表「課税経緯表」記載のとおりであり、本件更正決定処分、再更正決定処分に係る総遺産価額の明細は別紙「総遺産価額の明細表」記載のとおりである。
2 一般に、課税処分がその内容上の過誤により当然無効とされるためには、処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な瑕疵が存在しなければならず、また、瑕疵の明白性の有無は、処分の外形上、客観的に誤認が一見看取し得るものか否かにより決すべきものと解されている(最高裁・昭三六年三月七日第三小法廷判決・民集一五巻三号三八一頁参照)ところ、本件課税処分は、別紙「総遺産価額の明細表」2ないし6記載の株式二五万七四七八株及び同表7記載の藤井花子名義の株式一万〇五三三株並びに同表8ないし12記載の訴外藤井商事株式会社に対する貸付金の管理・運用のすべてを亡康弘の生存中、同人の意思に基づき原告喜久子が行っており、原告康代ら相続人らがこれに関与した事実の全くないことが明認されることに徴し、実質課税の原則に基づいて右株式及び貸付金を亡康弘の被相続財産と認定してなされたものであり、本件各処分にはいかなる意味においても前記課税処分が無効となるべき要件が存在しないことは明らかである。
第三証拠
本件訴訟記録中の証人等目録記載のとおりであるので、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1ないし7の事実は当事者間に争いがない。
二 原告らは、原告喜久子に対する本件再更正決定処分、原告康代に対する本件更正決定処分は、被相続人亡康弘の遺産でないものを遺産と認定して課税の対象としているので無効である旨主張するので検討する。
前記争いのない事実及び原告喜久子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 亡康弘は、昭和五三年四月一四日死亡したが、同人の相続人名義若しくは仮名の財産として次のものがあった。
(一) 訴外セイレイ工業株式会社の株式
(1) 原告康代名義 四万九五八三株
(2) 訴外藤井敏代名義 五万三四一六株
(3) 同 藤井教志名義 七万〇一六六株
(4) 同 藤井道弘名義 二万七五八三株
(5) 同 藤井淑男名義 二五万七四七八株
(二) 藤井花子(仮名)名義の同社の株式
一万〇五三三株
(三) 訴外藤井商事株式会社に対する貸付金
(1) 原告康代名義 一七四七万四二二五円
(2) 訴外藤井敏代名義 一三三一万六〇七三円
(3) 同 藤井教志名義 二〇一八万五九九五円
(4) 同 藤井道弘名義 六二〇万二八八六円
(5) 同 藤井淑男名義 一二八一万五三三九円
以上合計 六九九九万四五一八円
なお、原告康代は亡康弘の後妻である原告喜久子の実子であり、訴外人はいずれも、亡康弘の先妻の子である。
2 広島国税局職員が、昭和五四年二月ころ、原告喜久子について調査したところ、前記1(一)、(二)の株式は、その名義人でない同原告が保管し、その名義書換等に必要な印鑑も同原告が保管していた。
3 そして、原告喜久子は、亡康弘の生存中は同人と相談して、同人の判断、指示に従い、同原告保管中の訴外のセイレイ工業株式会社の株式を処分したり、管理、運用し、そのすべての配当金を受け取り、右株式の処分により得た金員、配当金等を一括管理し、亡康弘の判断、指示ににより、これを同人が代表取締役をしている訴外藤井商事株式会社に貸し付けたが、その一部が前記一の(三)の貸付金である。
右株式の処分、管理、運用にあたっては、原告喜久子は、各名義人に相談することなくこれを行っていた。
4 そこで、岡山東税務署長は、原告喜久子名義分を除いて、前記1記載の株式及び貸付金債権が亡康弘の遺産であり、原告らがこれを相続により取得したものと認め、原告喜久子に対する本件再更正決定処分、原告康代に対する本件更正決定処分をした。
5 もっとも、原告喜久子は、前記国税局職員による調査の際等に前記1の株式は、亡康弘から生前贈与をうけ、又は第三者から買い受けるか、若しくは新株引受けによって取得したものであり、前記1の貸付金は、原告らが株式を処分した金員や配当金を訴外藤井商事株式会社に貸し付けたのもであり、亡康弘の遺産ではない旨供述している。
しかしながら、右株式の贈与、売買を証する契約証、領収証等はない。
以上の事実認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 ところで、行政処分が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならず、ここに重大かつ明白な瑕疵というのは、処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大・明白な誤認がある場合を指すものと解すべきところ前記認定事実から前記二の1記載の株式が亡康弘から原告らに生前贈与されたか又は原告らがこれを第三者から売買により若しくは新株引受によって取得し、同記載の貸付金債権が原告らの出捐により当初から原告らに帰属していたものと認めることは困難であり、かえって、前記認定事実を総合勘案すれば、右株式及び貸付金債権が、亡康弘の被相続財産であって原告らがこれを亡康弘から相続により取得したものと認めるが相当であり、本件各処分庁の認定に重大な誤認があるものとは、にわかに認め難い。
四 のみならず、かりに、右各処分に重大な瑕疵があるものとしても、前記認定事実によれば、それが、処分成立の当初から誤認であることが外形上、客観的に明白であり、また、処分の外形上、客観的に誤認であることが一見して看取しうるものであるとは認め難いから、本件各処分につき明白な瑕疵があるものということはできない。したがって、本件各処分が無効であるとする原告の主張は失当である。
五 よって、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 日浦人司)
計算表
一 原告喜久子分
(一) 裁決による一部取消し後の本件再更正相続税額
二四五〇万四六〇〇円
(二) 当初申告納付に係る相続税額
一七三〇万八三〇〇円
(三) 差引相続税額(一から二を差引)
七一九万六三〇〇円
(四) 加算税額 三五万九八〇〇円
(五) 延滞税額 六七万六一〇〇円
以上合計額((三)+(四)+(五)) 八二三万二二〇〇円
二 原告康代分
(一) 裁決による一部取消し後の本件再更正相続税額
九八六万九六〇〇円
(二) 当初申告納付に係る相続税額
四九〇万八三〇〇円
(三) 差引相続税額((一)から(二)を差引)
四九六万八〇〇〇円
(四) 加算税額 二四万八〇〇〇円
(五) 延滞税額 五二万二〇〇〇円
以上合計額((三)+(四)+(五)) 五七三万一三〇〇円
別紙
総遺産価額の明細表
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別表
課税経緯表
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